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裏切り

なんでこんな事になっちまったんだろうな?

深く眠りこんだおまえの長い髪を指で梳くと、重力から抗えないままにさらさらと零れ落ちた。不思議な色合いの絹糸が、敷布に力なく散ってゆく。

明日、俺はおまえを置いて往く。

俺はおまえを、裏切るよ。

そう言って、しかし声は出せないままに。それが俺が俺たる最後の砦なのかも知れない。

今おまえを揺り起して、全てを伝えられたらどんなに良いだろう。そう思う程度には、俺はおまえを愛していた。

叶うなら、永遠におまえと共に居たかったんだけどな。

だが、俺とおまえの夢が並び立つ事はあり得ない。俺が諦めさえすれば良いんだろうが、周囲はそれを決して許さない。そしてきっと、おまえも。もし俺がこの志を持たなければ、おまえは俺の存在にすら気づかなかった。道端に転がる石と同等の、おまえの人生に何ら干渉する余地のない他人で終わっていたに違いない。だから、今こうして独り苦しんでいるのは、馬鹿げた感傷だった。

最初から終わりが見えていた。その上で、それでも始めた戀だった。それは俺も、おまえも。

「おまえ、なんで俺を左将軍なんかにしたんだ」

答えはない。もしかしたら、俺がこのままおまえの配下に甘んじる事を、おまえは望んでいたのかもしれない。もしくは、俺がそうなってもいいと思っているのを、その優秀な頭で見抜いていたのかもしれない。真実を映し出す、固く閉ざしたままの瞼の奥の、水晶玉のような二つの瞳が見たいと思った。その宝石はもう一生、目にする事はないだろうから。

なあ、できるなら、おまえの手で死にたかったよ。

今この瞬間を逃せば、俺たちは互いの配下か孫呉の連中か、はたまた別の奴に殺されるか、そんな未来しか残されていないのは明白で、そんな風に終わるのは不服だった。何よりおまえが、俺の預かり知らぬところで勝手に死ぬなど、許せなかった。おまえは俺の腕の中で、全身で俺を感じながら息絶えなければならない。

今、おまえは昏々と眠っている。その気になればいつだって、二度と目覚めない身体にできる。俺の周囲にとってもそれは歓迎すべき事象なのだろう。だが俺には、どうしてもおまえを殺せない。何度も、考えた。それでも出来なかった。おまえの望む未来すら愛してしまったから。おまえの創造するせかいを、この目で視たいと願ってしまったから。

だが俺も、生きている限りは夢を追わなきゃいけない。俺という存在は最早、俺だけのものではなくなっている。

だから今、この最後の夜に、おまえから終わらせて欲しかった。

「……玄徳」

掠れ気味の、小さな音。抱いた後、意識を失うようにして一度(ひとたび)瞼を降ろせば、その眸が朝まで開く事はない。だから俺が瞠目するのも、無理はない話だった。

「まだ夜半(よわ)だ、孟徳」

児にするように、小さな頭を撫でる。年下の貴様になぜ童扱いされねばならんと憤慨する、おまえの嫌うこの行為は、閨の中だけで許されていた。水分を湛(たた)えた透明な水晶が、ひどく渇いた俺を映している。

「私のものにならぬ者など、要らぬ。……だから、安心しろ」

その口元は確かに笑みを象っているというのに、俺には独りきり取り残された迷い子のように見えて仕方なかった。堪らず、あの威圧感からは考えられない程に頼りない身体を抱き締める。ああ、おまえは知っているんだな。総て分かった上で、俺を突き放してくれるのか。ただ、俺の夢の為に。

だが孟徳、おまえの夢の障害になるぐらいなら、死んだ方がいいのかもしれないって処まで、俺は来ているよ。おまえが思うよりずっと、俺はおまえの。

「貴様を、殺せればよかった」

結局俺たちは、繋いだ手を離す以外なかったんだな。例えそれがどれだけの激痛を伴っても。俺は俺だけのものではなく、おまえはおまえだけのものではない。俺がおまえにつけた烙印も、おまえが俺に引いた傷も、時が何もかもを無に帰すだろう。

それでも俺は、事切れるその時までおまえの事を考えるよ。

次に会いまみえるのは間違いなく、戦場だとしても。


作成日: 2008/12/10

まさかの大徳劉備×ソソ様。いや、元々劉曹は大好きでしたが、まさか文章に起こすなんて自分でも予想外(笑) そんな、袁術討伐前夜。やや演義寄り。

珍しく勢いでガーッと書き殴ったので、後でコッソリ訂正するかもです。