「吾に触れるな」
ぴんと張った声は、鼓膜でなく直接方寸に届いた。意思の強い切れ長の目が、張遼を見据える。答えぬまま牀榻に腰掛けると、琥珀の瞳が幾分か戸惑うように揺れた。
「張将ぐ、」
「首を刎ねられるか」
例え殿の前ですら傍若無人に振舞うこの天才軍師が、他ならぬ殿のお気に入りだという事は、末端の兵卒ですら把握している。しかし、その関係が本来の主従から逸脱しているなど、当人以外の誰が知れようか。
郭嘉は身体を強張らせ、唇を噛んだ。
「何故」
「貴殿を、殿と同じ目で見ているからな」
そうして小さく震えている右手を、花を手折るように手に取った。抵抗する術をすっかり忘れてしまったのか、薄茶色の双眸はただ茫然と俺を見つめている。
その手は細く長く、女のそれよりも白く美しかった。中指の胼胝が、絶えず筆を走らせている文官である事を思い出させる。この脆弱な身体で、この女のような手で、あの数多の戦場を生き抜いてきたのか。
愛おしいと思った。ああ俺は、この男が愛おしい。
「口吻けても宜しいか」
「……吾は、御辺のものにはなれない」
伏せて逸らした視線の先にさえ嫉妬を覚える。白くしなやかな肢体は爪の先まで殿のもので、今手中に収めている芸術品のような手も当然のように、あの天下人の所有物なのだ。
音もなく唇を寄せる。長い睫の奥が泣きそうに潤んでいるように見えたのは、恐らく俺の願望が見せた幻影なのだろう。
作成日: 2007/09/24
実は無双張遼×戦記郭嘉でした。何やら、上司の妻に横恋慕した新入りの若い部下と美人な人妻、という昼ドラのような……あれ、その通りだった。
遼郭絵のオマケでつけたSSSでしたが、絵は古くてアレなので消しました。