あなたは、最初に触れる時には必ず、小さく身体を強張らせる。それはほんの刹那の事で、本人すら気付かない、意識の外の事なのだろう。だからこそ、何度も思い知らされるのだ。
俺は、拒絶されているのだと。
それでもどうか赦して欲しい、その肌に己を重ねる事を。あなたの口唇を奪う事を。
一度あなたを知ってしまったら、元へは戻れなくなった。抵抗されれば止めようという賢しい決意の下、組み敷いたあなたはただ顔を背けるだけだった。食まれるのを覚悟した野兎のように、その腕で押し返す事すらせず、ただじっと裁きが下るのを待っていた。
愚かな俺は本能が求めるままに、あなたの細い身体を蹂躙した。何度も、何度も。白皙の肢体の色を変え、俺の下で喘ぐあなたを、手放す事などできなかった。俺だけが知っているあなたを、もっと見たいなどと欲を剥き出して。
「好きです」
ああ、何度あなたに向けて放っただろう。その矢はいつだって、振り払われて無惨に落ちていったけれど。
「嘘は嫌いです」
「なぜ、嘘だと」
「愛だの恋だのと、そのようなものは呪(まじな)いと同じ、幻想に過ぎませぬ」
「俺の心に、虚はありません」
「あなたは」
あなたは存外、うそつきだ。
そう言って口先だけの笑みを刷く。あなたが嗤うと、俺とあなたの間にある如何ともしがたい隔たりが、更に深くどうしようもないものになる。だから、そんな風にわらわないで欲しかった。そうさせているのは、他でもない俺だと知っていて、それでも。
「そのような台詞を立て並べずとも、私は脚を開きます」
だからもう、そういった戯言はやめにしませぬか。氷のように冷えた言葉が哀しくて、その小さな口を塞いだ。舌で割って入ると、戸惑いがちな舌が応える。従順なあなたの身体は、俺により知ってしまった快楽を拾っては、素直な反応を返した。
元来俺は、他人を求めたりしなかった。武一辺倒で他の何にも興味がなかった俺には、陳腐な言葉と肌を合わせる事でしか、己を伝える術が見つからなかった。あたためてもあたためても、あなたの心は少しも解(ほど)ける事はなく、俺は途方に暮れる。
あなたが愛おしくて堪らず、あなたでこの思考は埋め尽くされているというのに、その想いの一欠片すら、あなたに届く事はないのだ。
閉ざされた入口を丹念に舐めると、薄い胸が跳ねた。
「……っやめ、ください、そのような…!」
無視して内部に舌を侵入させると、懇願が叫びに変わる。しかしそれもやがて、甘いものへと変化してゆく。あなたの身体は今にも蕩けそうなのに、墨色の瞳はいつだって冷たいままだ。決して俺を視る事のない黒瑪瑙(めのう)は何処へ向いているのかと、穎敏な頬に手を伸ばした。
俺に焦点を合わせる一瞬、何かに怯えるような色になり、そしてそれすらすぐに霧散し何もかもを喪ってゆく。俺を恐れないでください。俺はあなたに瑕(きず)をつけたいのではない。今、青白い肢体を弄びながら、本気でそのような事を思う。それこそ、あなたにとっては戯言なのだろう。しかし本当は叶うなら、あなたを大切に大切にしたいのだ。
頬に触れたのを何かの合図だと思ったのか、あなたは薄い身体を起こし、俺に跨ろうとした。
「違います、違う」
ああ、俺はあなたにこのような事をさせてしまっているのだ。誰よりも高潔なあなたに。肩を掴む力は思いのほか強くなり、あなたは少しだけ瞠目した。
「では、舐めればよろしいか」
跪いて、小さな頭を股に寄せて、何の戸惑いもなく口に含む。俺はその様を、絶望を以って凝視するしか出来ないでいた。今ここで正直に泣いたら、あなたはどのような貌をするのだろう。
「……もう、」
鴉の濡れ羽の髪に指を差しこみ、くしゃりと一撫でする。顎が疲れたのか体液で濡れた口唇を開かせたまま、あなたは為すがままに離れた。つ、と糸を引く様が随分と扇情的で、童(がき)のように顔を赤らめる。散々な事をしておいて、今更何を照れているのか。
「下手でしたか」
「……いえ」
あなたはそっと息を吐くと、いつものように牀榻に背は預けずに、座った格好のまま両手を後ろにつき、遠慮がちに身体を開いた。敢えてそこには触れず、ささくれ立った指はまず首筋を巡り、舌は胸の突起を辿る。甘さを含んだ声で、しかしふるふると首を振って俺を制止しようとした。如何なる場合でもあなたは拒絶をしない。いや、しないのではなく、単に出来ないのだろう。あなたが戦場以外で、俺を信用する事は決してない。
「私は、必要、な……っん」
こんなにも感じているのに?返す言葉は喉奥に仕舞いこんだ。いつも愛撫を拒否し、俺の人形であろうとする。あなたは俺が、妓女と同じように見ていると思っているのだろう。何ひとつ伝わらないもどかしさに、気が狂いそうになる。
「好きだと、口にしてくださいませぬか」
一度でいい、虚言で構わぬから。あなたのその声で、その言葉を聞いてみたかった。例え偽りでも、それで何かが変わるような気がした。
だがあなたは、身体を投げ出したまま応えない。どうすればあなたの心を開けるのだろうか。そうしてまた手を伸ばす。あなたがしたように、勃ち上がり始めた楔に舌を這わせると、今度こそあなたは悲鳴をあげた。やめてください、と啜り泣きながら繰り返す。それでもあなたは、決して手を出さない。
一際質量を増したところで、音を立てて吸い、口を離す。そして髪の飾り紐を一つ解き、根元を縛りつけた。白皙に血色の紐が、恐ろしく映える。あなたは漆黒を大きく見開き、口唇を戦慄かせた。未知への恐怖に震えている。そのように分かりやすく怯えられると、奥深くに潜む加虐心に火を灯しそうになる。愚かしい自分を一度嘲笑い、振り払うように愛撫を再開した。
やがて快感は苦痛に変わる。それでもあなたは歯を食いしばって首を振った。虚弱なあなたの身体が耐えられるのかと、俺の方が焦ってしまう。ただ一言だけだ、ただ一言、それだけなのに。
「厭です」
ただ情を信じぬだけなら、舌に乗せられぬ筈がない。小刻みに震えて雫を幾筋も流して、そうまでして口にしたくない嘘なのか。
「そんなにも、俺が嫌いですか」
俺のせいで零れた透明な粒を掬うと、余程無様な貌を晒してしまっていたのか、あなたはまた一つ瞼を伏せて嗤った。身体はここまで傍にあるのに、その奥にあるものは離れるばかりだ。あなたのその声は、今にも音を立てて割れてしまいそうな程、危うく乾いていた。
「私を抱きたがるような男を、好きになるとでも?」
―――――ああ、その通りだ。
これは、あなたの尊厳を踏み躙った罰か。
解放すれば、いとも簡単に手慣れた身体は達する。それくらい、単純なものであれば良かったのに。俺たちは雁字搦めでもがき苦しんでばかりだ。
この想いは指先から口唇から、あなたの体内に染みてゆくのだと、信じていたのに。
しかし全ては俺の、身勝手な願望だった。あなたに与えたのは恐怖と憎悪、ただそれだけなのだろう。この手は結局、奪う事しかできない。
もう、やめよう。これ以上あなたを引き裂くのは。結局、何も伝えられず何も変わらなかった。どうしようもないこの隔たりが、埋まる事は決してない。だからこれが最後だ。
怯える脚を撫でて宥めながら、慎重に押し入る。狭い後孔は、奥へ奥へと貪欲に俺を呑み込んでゆく。あなたの内部(なか)は、その陶器の肌からは俄かに信じがたい程に熱い。だから、肌の奥で繋がれば、届くのではないかと思っていた。それも幻想に過ぎなかったけれど。
「好き、です」
想いが溢れて言霊になる。
「信じていただけずとも、俺は、ずっとあなたを」
独り呟くのと同じだと理解っている。それでも。
「ほうこう、どの」
堪らず名を呼ぶと、あなたは首をゆるゆると振って。
「っ、私、には……あなたの、その、あっ、行為と……っ、暴力との、違いが……分か…り、ませ、」
視界が、暗く昏く、滲んでゆく。
……ああ、俺は泣いているのか。無様な事だ。
こんな俺にさえ優しいあなたに、気付かれなければいいと願う。
乱暴に目元を擦り、本来繋がるべきでない処を無理矢理に抉じ開けたまま、うまく重ならない身体を抱き締めた。そして、所在無げに彷徨う、耐える為にきつく握り締められた手を取る。一本ずつ開き、己の指と絡める。大きさも色も形も違うそれは、力を加えれば潰れてしまいそうだった。丁寧に、握り締める。冷えた瞳と同じ温度の掌。あなたへの情が届かずとも、この指先から何かが伝わればいいと思った。少しずつあなたに分け与えられ、境界が曖昧になってゆく俺の熱のように。
それは、なるべくならあなたにとって、優しいものだといい。
作成日: 2008/12/09
「言葉」の来来視点Ver。相変わらずどうしようもない2人。本当はもっと、かっちりとした文体で書きたいのに、技術が一向に追いつかず、このザマです。あまりにも来来が不憫なので、救済措置的な続きがあったのですが、蛇足かなあと思ってザックリ削除。潤いとラブが足りない!という苦情でもあれば(笑)蛇足を掲載するかもしれません。
しかしどうして私が来来さんを書くと、こんなに恥ずかしい人になるのでしょうか。描写がもう色々と、悶絶するぐらい恥ずかしいです。オトメンです。そして知力3です。どちらさまですか。