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その鳶色の双眸が陽に反射して、きらきらとした黄金色になる瞬間が私はとても恐ろしかった。だから戦場や鍛錬場での彼を未だ直視できずにいる。しかし彼の縫い止めるような視線から解放された瞬間、我慢できずにいつも盗み見ようと試みてしまうのだ。それが良からぬ事と知っていて尚、背徳に焦がれる殉教者のように。

私にとって彼を構成している殆どが、神聖であり純潔なものであった。だから早く夜になれ、と思う。夜にさえなれば、あの水を含んだ土のような髪も、時折黄金になる瞳も、全て私と同じ漆黒に染まる。そうして私と同一になった彼は単なる獣に成り下がり、ただ私の身体を求めるだけの動物になる。その瞬間を私はいつも心待ちにして、そしてその度に失望するのだ。

がちゃり、と金属と金属のぶつかる控えめな音がした。その瞬間、何があっても気付かない程に集中している筈の私の右手はぴたりと動きを止め、目まぐるしく動いていた脳は輪郭を失いやわらかく溶けだした。荀令君から戴いた大切な筆を机に落として、阿呆のように入り口をじっと見つめてみる。扉は確かに静かに開かれたのだが、それがいつもつんざくような悲鳴に聴こえてならない。

「俺だ」

分からないとでも思っているのか。そう口にしようとして止めたから、だらしなく半開きのまま引っ掛かってしまった。それを何と勘違いしたのか、我に返った時には薄い唇で覆われていた。髭が痛くて顔を顰めようとするが、それは毎回快楽に流されて失敗に終わる。唾液で顎がべたべたになってから、ようやく解放された。一体誰に調教されたのか、随分とお行儀の悪い接吻だ。

「仕事中だったか」

書きかけの竹簡に視線を投げ、今気付いたと言わんばかりにわざとらしい申し訳なさを滲み出してみせる。彼のそういった小細工は嫌いではないので、私は特にそれを言及したりはしない。しかしいつか冷たく指摘してみるのも良いと思う。そう、私が彼の肉体に飽いた時にでも。

「構わん」

私はいつも、一切の感情を洩らさぬ事に全神経を消費している。幼子の取るに足らぬ意地のように。きっと昼間の彼なら全てを見抜いているに違いないだろうが、今は夜だ。獣なら私のくだらぬ意などどうでも良いと、拾う事すらしないだろう。

ぼんやりとした頼りない灯だけが全ての、随分と薄暗いこの部屋では、どうみても彼の目と髪は闇色だった。今自分がどんなものかは彼しか知りえぬが、私も同じ色に違いない。それが無性に嬉しく思えて、彼の髪を引っ張り口の端だけで微笑んだ。唐突な私の行動により彼の頭に一瞬疑問符が浮かび、だがすぐに消えた。今の彼は捕食者であり、私は被食者だからだ。

当然だが彼は毎日私の室へ来るわけではない。時折、今のように唐突に現れては、私を口の中で転がすように味わって去ってゆく。それに何の意図があるのかと混乱したのは最初だけで、あとは一切を考えない事にしたから、未だにその真意は掴めていない。私は怖いのだろう、真実が。自分がこんなにも弱い生き物だと知ったのは、彼に出会ったせいだ。私は何度も何度も彼に打ちのめされているのに、土煙の中で馬と駆ける彼には一点の曇りもない。

汚れればいい。心からそう思った。だから黒の彼が訪れる夜は嫌いではなかった。

どろりとした白濁の体液が貧相な腹にかかる度、彼もただの男でしかない事実を認識し、密かに驚愕する。彼はそんな私を知ってか知らずか、首筋から鎖骨にかけて執拗に舌を這わせた。私は再度熱くなる身を震わせて、弱々しく首を振る。だが餌でしかない私の小さな抵抗を許すはずもなく、散々遊んだ後孔にまた硬い人差し指を差し入れた。売女の鼻がかった嬌声は煩くてかなわぬと厭っていたにもかかわらず、今私が発している声はそれより遥かに耳障りな代物で、耳にするに耐えなかった。いつかこの恥ずかしい声のせいで、黙れと彼に殴り殺されるのではないかとすら思う。しかし意外な事に彼の表情は随分と喜色に彩られている気がして、私は何よりもそれが不自然に感じる。わざわざ私の身体を弄んでいる事よりも遥かに。

じゅ、と身体の下の方から妙な音がして、闇色の双眸と目が合った。どうやら私はついに食物として認識されたらしく、内股を噛まれていた。体内の出血は痣のように変色し、洗い流し損ねた衣服の血のような薄赤色になっている。黒い髪と瞳をぼんやりと眺めている私を気にも留めず、その不思議な内出血を脇腹に、胸に、腕に、首にとつけていった。

「俺のものだ」

何を言っているのか計りかねたが、私は無言で通しておいた。下手に口を滑らせて彼から失望されたくはなかった。私の本質は臆病なのだ。しかし彼と出会いさえしなければ、知らずに人生を全うできただろう。代わりに無表情のまま眉を寄せ、視線を床に転がせておいた。こうすれば彼は物言わぬ獣になるのだ。私は何も考えずに済み、ただの淫売を演じていれば事足りる。しかし私に乗っかっている虎はまた口を開いた。

「俺のものだろう」

本当に何を言っているのかが分からない。仕方なく黒い獣を見やると、その瞳が茶とも金ともつかぬ美しい色をしていて、口の中で悲鳴をあげて私は飛び退いた。散々乱された衣服を乱暴に掴み、体液でどろどろに溶けた自分の身体を懸命に隠した。

「いや、だ」

何度も首を左右に振って、無様にもしゃがみ込む。私の痴態を改めて目視してしまった為なのか、彼の金色はぽっかりと空洞になってしまっていて、何故か泣きそうに見えた。泣きたいのは私だと言うのに、私の代わりに泣いてくれるのだろうか。呆然と縋るように私を見つめていた彼はやがて、今度こそ無言のまま何の準備もしていない私の腰を掴み貫いた。うまく呼吸ができず、口を水揚げしたばかりの河魚のようにぱくぱくと開閉させながら、あまりの激痛に掛け布に縋りついた。彼は聞き取れぬ何事かをうわ言のように繰り返しながら、声すら出せない私を気が済むまで揺すっている。私は彼の唐突な行動が理解できぬまま、器官の中で熱の放出を感じて指の先を震わせた。

目が覚めて身体を起こすと、隣で彼がうつ伏せで眠っていた。気付いた時にはいつも消えているから、こんな事態はおよそ初めてだった。朝日が差し込んで埃が輝きながら舞っている。当然のように彼の髪は芳醇な土の色だった。途端に自分が穢れた存在である事を自覚し、どうか彼がこのまま目覚めないよう願った。あの鳶色で見つめられれば、私はどうしようもなくなってしまうだろう。彼が何のために私を貪るのかは知らぬが、私が彼を受け入れるのは、堕落した彼に安心するからだ、どうしようもなく。どこまでも卑しい自分に吐き気すら覚えて、そっと寝台から脚を下ろした。うつ伏せだからか、彼の表情は心なしか苦しそうに見えた。夜の彼はいつだって苦しそうだ。私を求める前も、求めた後も。

彼が何を望んでいるのかは私に分かるはずもないが、私にできる事なら何だってしてやりたいのに。しかし私は一度たりとも彼を救えず、そして彼は私を崖から突き落とすのだ。

ふと鏡を取ったら、やはり自分の髪と目は真っ黒だった。こんな事で私が絶望するなど、彼は知る由もないのだろう。ああ、早く夜になればいいのに。


作成日: 2008/07/08

山田詠美氏を読んでいたら、どうしようもないエロ話が書きたくなったので。清純でないR郭嘉を書くのは珍しい。