「脱げ」
平淡な声はしかし、絶対的な強制力を以って鼓膜を貫いた。小刻みに躰を震わせたまま呆然と立ち尽くしていると、端正なお顔を少しだけ歪められた。
「聞こえんのか」
あなたさまのお声が私に届かぬはずがございません。
そう言おうと口を開いたのに、平生の能弁な舌は何処へ置いてきたのか、声ならぬ声を漏らすだけで碌に機能しなかった。仕様がないので犬のように首を振って応えるが、そのお顔は晴れない。震える指先でのろのろと衣を落としてゆくと、ようやく上座に悠々と腰掛ける主はその口角を上げた。
「近う」
一糸纏わぬ姿で主の前に立つ。あまりの恥辱に泣いた事も少なくない。今でもまだ、俯いて目を瞑る癖は直らなかった。もう春も近いというのに、この堂の空気はひやりと冷たく青白い肌を撫ぜる。まるでこの主のようだと思った。水晶玉のような美しい双眸に自分が映っている事が恥ずかしくて、逃げ出したくて堪らない。しかし主の刺すような視線が、それを許さなかった。
する、と触れられる指にびくりと身体が竦む。腹辺りに置かれた手はそのままに、苦笑とも嘲笑ともつかぬ独特の笑みを浮かべられた。
「此度の戦でも、傷は創っておらぬようだな」
ここでは私は非人の獣と化す。畜生は口を利かない。私はまた首を振った。
主は私の粗末な体躯にまた御手を這わされ、私は無様にも息を荒くする。男にとって何の意味も持たない胸の突起を舐られ、女のような声まであげてしまった。
「もう天を向いている」
ぴん、と肉茎を弾かれ、身体が跳ねる。主はそんな私の醜態を冷静に観察しながら、幾人もの女を抱かれてきたその指で、何一つ面白みのない平坦な肉体を弄ばれた。がくがくと幾度も崩れ落ちそうになる両足を踏み締め、縋る先を求めて彷徨う腕を自ら抱き締める。発する声は自分ではないようで、口を塞ごうとする度に視線で縫い止められた。
「脚を開いて跨れ」
さあっと顔が赤くなったのが自分でも分かる。先ほどまで人が集い公務をしていたこの堂で、淫売のような真似をしろと言う。瞠目し、怯えながらかぶりを振るが、主は冷たい目をしたまま何も仰ってはくれない。私は唇を噛みながら顔を逸らし、背凭れに手を置き主の膝に触れぬよう跨った。主が声を漏らしてくくと笑う。あまりの羞恥に目を合わせられない為、そのお顔を見る事は叶わないが、いつものように嘲笑されているのだろう。また躰が熱く滾った。
自尊心や矜持なら人並み以上にある。以前なら心底憤慨し、主であろうと手をあげたに違いない。しかし今の私は、主から失望される事が何よりも怖ろしいのだ。
手袋を嵌めたままの手で薄い尻肉を掴み、後孔につぷりと指を挿し入れられる。言いようのない悪寒と異物感に、全身が粟立った。しかし、内部で巧みに蠢く指の動きに、主の閨で散々に馴らされただらしのない躰が、だんだんと解けてゆく。膝から力が抜け、主の膝の上に座りこみそうになるのを堪えている様を、主は満足気に眺められていた。
「可愛いな、お前は」
それが、仔犬や赤子といった弱者に向ける憐憫と同義だと、私は知っている。主は私の才以外に興味はなく、この躰を玩ばれているのも単なる気紛れに過ぎない。分かっている、とうの昔から。
はしたない後孔はすぐに解れ、排泄器官ではない何か別のものに変化していた。主は着物を寛げ、昂りを外気に曝し薄く笑われた。自分で挿れろと、目がそう語られている。
私は本能的な恐怖に震えながら、不用意に主に触れないよう細心の注意を払いつつ、ゆっくりと腰を落とした。慣れた私の躰は、主をすんなりと受け入れ、更に奥へ誘うように収縮を繰り返した。
「悦いぞ」
少し頬を上気させ初めて満足気な声を漏らされた主は、このような破廉恥な事をしている最中だというのに気高く美しく、私はうっとりと見惚れた。私をこんなにも変えてしまったのは、他ならぬこの方だというのに。
私の愚鈍な動きでは足らぬと感じられたのか、主自ら突き上げられた。突然の強い刺激に、半ば叫びのような声が出た。抉るように激しく穿ち、揺さぶる。粘膜と肉との卑猥な音と、主から与えられる強すぎる快感との二重に犯され、私には最早理性といったものは欠片も残っていなかった。此処が公の堂である事は既に頭になく、熱に浮かされるがまま涙を零し喘いだ。
主の動きが早まり、高みに昇り詰めてゆく。主が一際強く突き上げ瞼を閉じられると、最奥に熱い迸りを感じ、私は同時に自身の熱を解放した。
「郭嘉」
どうやら私は人間に戻れたらしい。脱いだ衣服をきっちりと着込んでから、私は振り向いた。
「何でございましょう」
売女のような嬌声を散々あげたものだから、応(いら)えが酷く掠れている。戦場で指示が出せなくならないよう早急に治療しなければ、と顔を顰めた。主は平生の通り、何をお考えなのか全く読めない目でじっと私を眺めている。
「お前は、私の……何だ」
そのような事はこちらが訊きたい。奥方も妾もあれだけ後宮にひしめいているというのに、何故何度も私の躰を貪るのか。何故私なのか。私に何を求められているのか。
私は目を伏せたまま口を開いた。
「私は殿の臣下にございます」
主はしばらく間を置かれてから、無感情な声で「そうだな」とだけ呟かれた。
私は拱手し背を向けた。一歩進む度に、先ほどの行為の残滓が大股を伝ってゆくが、眉を寄せるだけでやり過ごす。早く執務室に戻り、仕事に没頭したいと思った。でなければ、いつまでもこの熱を抱いてしまうだろう。だから私は振り返らないまま、堂の扉を閉めた。たったひとり主を残して。
作成日: 2007/12/23
携帯未送信フォルダから発掘したもの。イブイブに何やってんだ…。
動物視点のSSって自分のセリフが存在しないですよね、そんなカンジで。主従鬼畜エロ系が読みたいのですが、意外と曹郭ではあまり見かけません。読みたい…!