心の臓などとうの昔に冷えている。当然だがそのような事をあのかたは知らぬし、例え存じていようとも別段構われはしないだろう。あのかたはそういうひとで、私も決して省みぬからこそあのかたをお慕いした。ただ私はあの決して広いとは言えない背に全てを捧げている。この身も、この心も。いっそ血肉の一部になれればいいのにと、あのかたに食まれる妄想すらして慰めた。それはなんと甘美な夢だろうか。しかし叶わぬだろう事も知っていた。私を喪えばあのかたは嘆き悲しんでくださるだろうが、それだけだ。また膚の奥深くがつめたく沈んでゆく。あのかたを愛するというのは、こころを少しずつ殺してゆく事なのだと、知る。
「あなたはそれでいいのか」
なぜ、あなたがそれを訊く。耳を塞ごうにもこの両の手は大きな掌ひとつでまとめあげられてしまっている。あなたはいつだって真摯で真直ぐでそして、残酷だ。そう口にするとひどく悲しそうな顔をした。ほら、そうしてまた残酷に私を苛んでゆくだろう。業にまみれた私にあなたは眩しすぎた。この身はあのかたと修羅の道をどこまでも歩むのだととうに決めていたのに、あなたの存在はいつだって私の足場を揺さぶる。その鎧にいくら屠った血花を咲かせようとも、その高潔な魂は決して穢れない。それにどれだけ打ちのめされているか、あなたは知らぬのだろう。
「倖せに、なれるのか」
そうして私の顎を掬い上げるものだから、眼も逸らせなかった。あなたはいつもそうだ、逃げ道を与えず追い詰め素顔を晒し者にせんとする。ここで泣いたら赦してくれるのだろうか、私の卑怯すら存じぬあなたは。
「己の幸福など求めぬ」
最初からずっと、私の特別はあのかただった。あのかたの覇の礎にさえなれればそれで幸福だった。なのにあなたの存在が、私の浅ましい本性を抉り出してゆく。求めて求めて、止まらなくなってゆく。そうして省みては絶望を繰り返すのだ。
「俺は、あなたに倖せになって欲しいと思っている」
あなたの存在が私を不幸にするのに?笑おうと喉を動かしたのに震える吐息が出るのみで、未だ解かれない拘束に苛立った。あなたは無様な私をただじっと見つめている。それが私の傷痕を掻き毟るのだと、言ってやりたいのに。
「叶わぬ恋慕だと、あなたは嗤うのか」
「違う」
願わくば私だけを求めて愛して攫って欲しいなどと、底なしの欲望が己に宿っている事に気付かせたのは他でもないあなただ。そして突き付ける、「今のままで良いのか」と。
「俺なら……あなたを傷つけたりは、せぬ」
乾いた硬い指が薄い頬を控えめに巡り、触れられた箇所が傷と同じ熱を持った。瞼をそっと伏せ、今度こそ私は、低く嗤う。
「最も私を深く切り刻むのは、あなただ」
言ったついでに踵を上げ、戦慄いた唇に口吻けてやった。一矢報いる事はできたろうか?いつも思い出すあのかたの屈託のない笑みが、滲んで霞んでゆく。瞼を閉じて、喪失の痛みを遣り過ごした。
なあ文遠、あなたが憎くて仕様がない。
作成日: 2008/11/09
私の究極のMOE黄金パターン、遼→郭→曹でした。
しかしこの張遼は我ながら……悪い奴だと、思う(笑)