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もう一度

※断袖(ダンシュウ)……衆道。男色。

※流氓……不良。ゴロツキ的な。

初めて触れたその肌は女のように吸い付き、しかし今まで抱いたどの女よりも妖艶だった。

「まさか御辺に断袖の趣味あるとはな」

この男が見下すように笑うのは単なる癖で、実際に含む事はほぼないと知ったのはごく最近の事だ。だから今傷つく必要はなく、肩を少し竦めるだけでいい。

「そのような趣味などないが」

「ではこれは何だ?将軍」

乱れた単衫の裾を引っ張り、太股から零れた先程までの行為の残滓をちらりと見せた。月明りに頼るだけの薄暗い室内で、肌蹴た白い肌がぼうっと浮かび上がる。そのような事でまた、散々絞り尽くしたはずの己の欲に火が灯るのを感じた。それに気付いたのか、同じ牀榻に寝転ぶ郭嘉はくくと華奢な身体を震わせ小さく笑った。

「だが男は初めてだ」

「手馴れたものだと感心したがな?」

この曹軍に降ってから随分と長いこと、一人の男を目で追ってきたのは事実だ。血生臭い戦場には不釣合いなほど美しく目立つ男で、いつも君主の左隣で凛と佇んでいた。その男がただ君主の寵臣というだけでない事を知ったのは、降将となってからそう遠くない話だった。

酒に誘ったのは初めてではない。綺麗な顔をしてその実誰よりも好戦的なこの軍師と自分は、何故か戦や用兵に通じるものがあるらしく、よく共に戦場を駆けたからだ。その折に、戦だけでなく酒も博打も色も好きだと知り、どこの流氓だと眩暈を覚えたものだった。酒を好むくせに酒の選り好みができない郭嘉の為に、何度か家へ呼び秘蔵の酒を振舞った。あまり他人とこのように付き合うのは得手ではないが、何せ意識していなければ四六時中頭に浮かんでしまう男なので、特別だった。しかし最早君主の所有物とさえ言われる寵臣に、それを伝える気もましてや想いを遂げる気も更々なかったのだ。だが……

「後悔しているか?」

突然何も言わなくなったせいか、透き通った硝子玉のような栗色の瞳が自分を映した。長い亜麻の髪がさらさらと薄い肩からこぼれ落ちる。

「ありえん事だ」

きっぱりと言い切ってみせるが、自分を覗き込んでいる顔は晴れているとは言い難かった。何をそんなに不安がっているのだろうか。いつも尊大で傲慢で、それを補ってあり余るだけの才覚を持ち合わせている天才軍師に、曇った表情など似合わないのに。

「……一昨日抱いた女がな、手討ちにされた。どうも、一夜限りなら良いようなのだが、何度も続くと気に障るらしい」

瞠目する自分を尻目に、遠い昔の事のように淡々と語る。誰が、とは言わない。しかし言われずとも分かる、我等が君主だ。そして、この男を我が張子房と言い放った情人だ。

「妻も妾も、あの方に敵う数を持った者など、この中原には居らぬのにな?吾だけ不公平な事だ」

自暴自棄になった末に俺を選んだのか、俺ならまだ君主の気に入りだから殺されはしまいと思ったのか。どちらにせよ、あまり前向きな理由で今こうしているわけではなさそうだった。

「あなたは、それでいいのか」

「……違うだろう?御辺こそ良いのか?引き返すなら今だ」

猫のように腕に重心を預け、するりと俺の領域に入り込んで緩く微笑む。組み敷いたのは確かに自分だが、仕向けたのも誘ったのも郭嘉の方だった。ならばこの返答も計算の内なのだろう。

「あなたの味を知った後にそのような事を言うのか」

「吾はそんなに悦かったか?」

「ああ、嵌ってしまった」

一瞬、茶化すように笑う顔からふと色が消え、無防備とも言える幼い表情になった。それが何重にも張り巡らせた壁が消えた瞬間だと知るのは、もう少し後の事だ。そしてぱくりと開いた瞼を伏せ、縁取る睫から濃い影を落とした。少しだけ、思いつめているように見えた。

「……笑ってもいい、吾は時々怖いと思うのだ。お慕いしてやまないあの方が」

殿から求められる事も愛される事も、これ以上ない幸せだ。だが、殿に捕われて人形のようになってゆく己が、恐ろしくてたまらない。目を落としたまま無感情にぽつぽつと語る姿がとても切なく儚いものに見えて、傷だらけの自分の胸に抱きこんだ。意外な事に何の抵抗もなく、ことりと小さな頭を肩口に乗せた。長く柔らかな髪がくすぐったい。

「不思議だな。御辺とこうするのは初めてなのに……一番落ち着く」

そう言ってくいと細い顎をあげたのが合図のように、互いの唇を貪りあった。接吻に意味を見出せず、せがまれない限りは誰に対しても避け続けてきたが、ようやっとその意味を理解できた気がする。文言では尽くせぬ想いを、声を発する代わりに注ぎ飲み込みあうのだ。

「本当はな、からかい半分のつもりだった。あんまり露骨に吾を見るものだから」

「そんな事だろうと思っていた」

肩を竦めてみせると、いつもの嘲笑にしか見えない笑い方で口角をあげた。少なくとも表面上は、元のふてぶてしい軍師殿に戻ったらしい。それが自分の功績ならば、それだけで曹軍に降った価値はあったというものだ。

「だが、不味いな」

「どうした?」

珍しい事に言葉を選ぶように逡巡し、眉を寄せて困った顔をしている。こんな態度の郭嘉は初めてお目にかかるので、目が逸らされているのをいい事にしげしげと見つめていたから、構える間もなかった。

「吾も嵌ってしまったらしい」


作成日: 2008/05/17

戦記DE遼郭。THE☆不倫。戦記郭嘉は男とも女ともガンガン寝る子。ソソ様も色んな人をつまみ食いしまくり。で、ガチ直球な純情をぶつけてくる張遼が新鮮で、うっかりクラッときたりして。

文に合わせて描いた絵。