「はあ〜・・・」
部下も護衛の兵も下がらせた幕舎で、寝台に突っ伏し溜息を吐く。己の想像以上に、自身は疲労しているらしかった。恐らく、肉体よりも精神的な部分からの疲れが大きいのであろう。
暫く、指一本動かすことなく敷布に顔を埋めていた。目を閉じていれば、このまま眠れそうな気がした。
「お疲れの御様子ですね。」
誰もいないはずの背後からの声。反射的に素早く身体を起こし、構えをとる。殺気を感じた訳ではなかった。それは癖みたいなものだ。
「奉孝・・か。」
闇の中に知った顔を見留め、安堵する。漆黒の装束は周囲の色に紛れてしまいそうなものだが、奉孝の姿は不思議とはっきり目に映った。
「そんなお顔、誰かに見られては示しがつきませんよ。」
優しげに微笑みながら、静かに俺の隣へと腰を下ろす。その両手で頬を包まれて、じっと瞳を射られた。己の表情など確認することは不可能だが、きっと君主に有るまじき様相なのであろう。
「心配するな。此処には俺とお前しかおらん。」
軽口を叩くと共に、お返しに今度は此方から彼の小振りな頭をがっちり固定してやった。奉孝はまるで子供を相手にしているみたいに、穏やかに笑っていた。
「、・・ふっ・・・」
つまらぬ小言を言う口を、すっかり塞いでしまう。体重をかけると、その軽い身体はすんなり床に横たえられた。
「自ら抱かれに来るなど、殊勝なことだ。」
胸元を肌蹴させようとも、奉孝の表情に変化はなかった。両の瞼が閉じられるのを待ってから、白き肌を直に触れた。
血が通っていないのかと思われる程の、白―――
鎖骨の辺りに唇を寄せながら、片方の手は露出させた腰をまさぐっていた。奉孝の腕が俺の首に絡んでいることを、満足気に感じていた。
「ひゃ・・う、ン・・・」
舌先で胸の突起に触れると、ビクリと胴が跳ねた。弱い部位も、甘い喘ぎも、俺のよく知ったままのもの。
「・・ッ・・・!?」
なのに、その一瞬に感じた小さな違和感。それと、言い様のない悪寒。
「・・んっ・・・との?」
突然、怯えた風に身体を離した俺を奉孝は不思議そうに、けれど既に快楽に蕩け始めた表情で眺めていた。
「・・・いや・・なんでもない。」
安心させてやるため・・違うな、己を落ち着けさせるため、奉孝に深く口づけた。嫌な感じが胸で渦巻いていた。それを掻き消そうと、目の前の身体にだけ没頭した。
「どう・・なさったの・・・ぁ、ですッ・・か?」
無心に愛撫を与え続けていた。そこへ不意に投げかけられた問い。何を問うているのか、分からない。
「は、ぅ・・あ・・・怖い顔・・んッ、なさっています・・よ。」
反応しきっている局部を直接に弄られ、吐息混じりの声。こんなにも乱れているというのに、その顔は妙に穏やかで汚れ無く思えた。
「そうか?これから奉孝をどうしてやろうかと、悪巧みをしていたのが表に出てしまっていたのかもな。」
やはり、己の表情など確認することは不可能だった。
「との・・・・、ああッ・・や・・・ふ、うあっ・・!」
指を滑らせ、谷間をなぞり、更に後ろへと行為を及ばせた。奉孝が口にしかけた言葉を、ただの喘ぎに変えてしまうために。
馴染んできた奉孝の中を掻き乱していた指を、ゆっくり焦らす様に引き抜いた。
「・・っ・・・ん、く・・・」
中途半端に放置され、切なそうな声が響いた。その音色に煽られ、次へと行動を移そうとした。
「ほう・・こう?」
その腕をぐいと掴まれ、静止させられる。奉孝の意図を汲み取れずにいると、するりと身体の位置を入れ替えられてしまった。抵抗することは簡単であったが、俺は敢えて彼の為すがままになった。
「たまには、私が。」
俺の腰に跨る奉孝の表情は、最初に見たのと変わらぬ微笑みであった。
「く・・ぅ、あっ・・ン、ふ・・・」
自ら腰を沈め、俺を自身の内に受け入れる姿。そんな淫靡な光景を、寝台に背を預けて眺めていた。綺麗だ、と思った。
まるで、この世のものではないみたいに―――
「と・・のッ、わ・・私は、あな・・た、を・・・は、あっ」
愛しています。恐らくずっと、永遠に。唐突な告白だった。今更でもある。そして、それは俺も同じだ。そう伝えようとして、期を逸した。奉孝はまだ、言葉を続けた。
「け、れど・・ッ、あなたは・・・あ、ぁ・・」
違う。私だけを愛してはいけないのだ、と。何故、問えば「それが私の惚れた貴方だからです」と諦めた風に微笑した。
「だ、からっ・・・」
「言うな。」
何故だか、聞いてはいけない気がして遮った。柔らかな腿を固定し大きく揺すると、甘い叫びを漏らす。暫く同じ動きを休み無く与え続けた。振動が伝わる度に、奉孝の声音は高くなっていく。
「私のことはお忘れ下さい。」
珍しく、俺の方が先に疲労した。責めの手が止まっている隙に、喘ぎを抑えて奴は告げた。残酷な台詞を吐くその瞳は、とても穏やかだった。悲しみも、辛さも、苦しみも、存在しない。
「過去に縛られるなど、殿らしくもない。」
これで終わりにしましょうか。声として伝えられた訳でもないのに、そんな言葉が頭から剥がれてくれない。奉孝が俺の胸元に手をついた。抽挿のため、腰を浮かせる。
「ふ・・ぁ・・・」
やめろ。声が出なかった。全身が金縛りに遭ったかの如く動かない。ただ、奉孝の感触と快楽だけがはっきりと感じられた。俺の肌に触れていた指先が、冷たかった。
「・・・貴方は・・ッ・・、いま・・生ある人を、んっ・・愛、し・・・」
愛しているとも。妻も、家族も、配下の者達も全て。
そして、同じだけお前も―――
「死んだ者は・・もう、存在しないのです。」
それは、私ではありません。己でも、分かりきっていたことだった。だが、きっぱりと告げられると予想以上に苦しい。
「う・・あぅ・・・ッ・・い、あぁ・・・!!」
身体の上下が早くなり、締め付けが強くキツくなった。自身の昂りも一際大きくなっていた。
いくな。
言葉に出来ないため、心の中で呟いた。終わらせたくはなかった。それでも、俺の意思に反して昇りつめていくものを止められはしない。奉孝も同様に。
逝くな。
念じたのと呼応するかの如く、腹上で華奢な身体が跳ねた。
「・・や、ひっ・・あ、・・・ッ・・は・・あ―――」
絶頂に至り、力の抜けた肢体がぐったりと崩れる。その拍子に彼の内で放ったものが零れ、脚を伝い落ちた。俺の胸に寄りかかったまま、奉孝は乱した息を整えていた。
「約束、ですよ。」
それから、柔らかく笑んで言う。忘れて下さい、と。
途端に瞼が重くなった。抗えない何かに、強制的に眠りへと引き込まれていく。視界が、その微笑みが、霞む。せめて、抱き締めたかった。伸ばそうとしたした腕が届く前に、俺の意識は途切れた。
「・・・いくなっ・・!!」
叫んだのと己の目が開いたのとは、ほぼ同時だった。
「と・・の・・・?」
覚醒したばかりのまだ判然としない意識でも、俺の頭は機械的に状況を整理していた。寝台の上。うつ伏せで。昨夜、あのまま眠りに落ちたのだろう。辺りは既に明るかった。
「悪い・・・少し、夢を見ていただけだ。」
目の前には、突然上げられた声に驚き立ち竦む男が一人。まずは、最悪な状態であろう表情を瞬時に取り繕った。そんな顔をするな。そう叱られたばかりだったな、そういえば。
「大丈夫ですか?本日は休まれた方が・・・」
案じる言葉は一蹴した。あと数刻も浪さず、俺は普段の状態に戻るであろう。いつもの時間を過ぎても全く姿を現さない俺を心配して、様子を窺いに来たと言う男。少し疲れていただけだ、と適当に納得させ、そいつを追い払った。
「おい。お前は・・・」
下がれと命じておきながら、かの背に呟いていた。殆ど無意識に。
振り向く。
続く言葉を待つ様に俺を見る、生真面目そうな顔。月日を経ても、少しも変化しない。
「・・・いや、良い。」
自嘲気味の微笑で目を伏せた。思わず口にしようとした愚問を、胸の奥に仕舞って。先に行っていろ。改めて命じると、此方を気に掛けながらも、その男は幕舎を後にした。
もう一度。ほんの僅かな間だけ。寝台に身体を倒し、瞼を閉じる。誰かに似た漆黒の景色の中、音にして告げた。
誰にも、永遠に、届かぬ誓い―――
「忘れるものか。」
akiさまより 下賜日: 2008/10/22
「殿とRたんのエロ書いてください」とリクエストしていたわけですが(笑)このリク内容で、まさかここまで私好みドストライクな作品を下賜くださるとは…!両想いなのにとても切ない曹郭…最高です。
akiさん、ありがとうございました!!