Web Clap

Don't leave me alone.

「死ねっ!!」

城中に響き渡ったであろう怒号と派手な打撃音(と、悲鳴)。

ここの者にとっては別段珍しくもないことだが、しかしそれは確かに音に見合うだけの被害者を生んでいた。

「あーあー…また派手にやられたな、お前」

長い髪を振り乱してばたばたと走り去っていく背中を見送りながら歩み寄ってきた高順を見上げ、張遼はゆっくりと身を起こした。

「大体お前、仮にも大人の男にぬいぐるみってな…あいつじゃなくても怒るだろ」

呆れ声で語られる内容は決して間違ってはいないのだが、張遼は神妙な面持ちで首を振る。

「いや、あれは怒ってるんじゃなくて単に照れてただけだ。俺には分かる」

「何故そう言い切れる…」

何故か恍惚とした表情を浮かべつつ言う張遼を殴り付けたい衝動に駆られながらも、高順は聞き返した。

「ちゃんと受け取ってくれただろ、しかも無傷のまま」

もしも怒っていたら、その場で床に叩き付け、引き裂いて行くはずだ、と張遼は続ける。

酷い話だが、言われてみれば確かにその通りだ。

「にしても、どうして今日に限ってぬいぐるみなんだ。いつもはもう少し当たり障りの無いものを贈っていただろう」

張遼が郭嘉に贈り物をするのは珍しいことではない。が、それは高順の言うとおり大半が筆や硯などの日用品だ。郭嘉も文句は並べるものの、今日のように怒鳴ったりはしない。

張遼にしては割と賢明な選択をしていたはずが、今日の贈り物はうさぎのぬいぐるみ。それもかなり大きなものだ。

高順でなくとも疑問に思うだろう。

「今日に限ってって…知らないのか?今日は奉孝の誕生日だぞ」

「誕生日?お前そんなの教えてもらえてたのか」

てっきりまともな会話すら交わしてもらえないとばかり思っていたが、と笑う高順。

それを気にも留めず、張遼はにやりと笑った。

「まさか。賈軍師がな、俺があまりに不憫だからと言って教えてくれた」

どう考えても落ち込むところだろうに、張遼は至極誇らしげだ。

が、高順はもはやそれを教えてやる気も失せ、ため息混じりに「良かったな」と返した。

本人が幸せならそれでいい。…というかどうでもいい。

「で、結局どうしてぬいぐるみなんだ」

「淋しいだろうと思ってな、向こうにいる間」

だから自分の代わりに、とでも言いたいのだろう。

最近はこちらに来ることが多いとはいえ、郭嘉は魏からの客将だ。用が済めば国に帰らなくてはならない。それは事実なのだが。

「淋しいというのは…お前だけじゃないのか」

もはや気を遣うことをやめた高順の問いに、張遼は首を振って否定する。

「意外と淋しがりやさんだからな、奉孝は。だからここに来たときはいつも嬉しそうだろ?」

自信に満ちた言葉に、高順は張遼の言う「ここに来たとき」の郭嘉のことを思い浮かべてみる。

挨拶されれば殴り、策を求められれば蹴り、――まあ、どれも張遼に対してに限ったことなのだが。

「…悪いが俺には全くそうは見えない」

呆れ果てた高順は適当に返しながらも、嬉しそうというよりはむしろ虐げられていると言っていいくらいなのに、よくもまああそこまで慕って追い続けられると半ば感心して張遼を見つめた。「あんなに喜んでいるのが分からないなんて可哀想に」などと言われているがそれには聞こえない振りをする。正直なところ張遼にだけは言われたくない。

「じゃあ、俺はもう一度奉孝に会いに行ってくるから」

懲りずにそう言って背を向けた張遼を、気をつけてと見送った。

毎回毎回ふざけやがってこんなもので私が喜ぶとでも思っているのかあの馬鹿、ただでさえ少ない記憶容量なのにくだらないことばかり考えていっそ死ね、他に考えるべきことはたくさんあるだろう、戦のこととか策のこととか主君のこととか戦のこととか!

あたり構わず怒鳴り散らしながら部屋の扉を閉めて、ぬいぐるみを見つめた。

両手に抱えるほどの大きなうさぎのぬいぐるみ。

子ども扱いをして、と少し不満に思いながらも、そっと抱きしめた。

柔らかなぬいぐるみに半ば顔をうずめて、先程の勢いを失くした声であの馬鹿、と呟いた。

「…大体、―――」

歩を進めるほどに大きくなっていく罵詈雑言。

裏を返せばすべて好意であることに気付いたのは少し前のこと。

…とはいえ、やはり想い人に「馬鹿」だの「死ね」だのと面と向かって言われれば傷付きもする。

次第に遅くなっていく歩みで、しかし目的の部屋の前までたどり着く。

軽く深呼吸。

「奉こ…」

扉を叩こうとした瞬間、幾分か静かな声で聞こえた「馬鹿」という声に、思わず伸ばした手を下ろす。

張遼の気配に気付かないなんて、珍しいこともあるものだ。普段なら近付いた途端内側から扉を蹴られるはずが。

気になるから蹴られるまで待ってみようかと思い始めたそのとき。

「…こんなものを用意する暇があったらもっと側にいてくれてもいいのに、…馬鹿」

聞こえた声に、張遼は至極嬉しそうな笑みを浮かべて、扉を叩いた。


ことさまより 下賜日: 2008/10/21

RGR…RGRですよ、皆様!RGRを書かれる方がいらっしゃるとは…!ぬいぐるみ抱くGRの破壊力に涎が止まらず、常識人な婿(=KJA)に萌え、蚩尤の愛されっぷりに嫉妬したり(笑)で大変でした。

ことさん、ありがとうございました!!