「文遠」
いつもの事ながら唐突に、郭嘉が小さな箱を差し出してきた。
「ん?なんだ?」
流石に訳がわからず一瞬受け取ることを躊躇った張遼に、郭嘉は一歩踏み出して、張遼の胸元にその箱を押し付ける。
疑問符でいっぱいになりながらも張遼が箱を手に納めたのを見て、郭嘉は満足げな顔で笑った。
「俺に、か?」
こくこくと頷く郭嘉は、よく見るともう1つ箱を手に持っていて。
それも自分宛かと思った張遼だが、それはどうやら行き先が違うようで。
箱を渡して満足したのか、郭嘉は一言「また後で」と告げると、別の方向へと歩き始めた。
今日の執務は終わったのか、もしくは休暇だったのか。
わからないが、まだ今日の調練が終わっていない張遼には、追いかけている時間はない。
後で、と言ったからには、郭嘉の中では今日の夜にでも会うことになっているのだろう。
ならば自分の部屋で待つか、郭嘉の部屋へ行くかすればいいだけのことだ。
その夜。
予想通り張遼の自室を訪ねてきた郭嘉を、張遼は部屋に招き入れた。
昼間郭嘉から受け取った箱は、まだ開けていない。
いつもの通りに扉を開けてやると、勝手知ったる他人の家とばかりに、張遼の寝台の上に腰を下ろした。
寝台の横に置かれた、昼間自分が渡した箱が手付かずでそこにあるのに、『まだ開けてないのか?』とばかりに隣に腰を下ろした張遼を見上げる。
「せっかくだから、お前がいる時にと思ってな」
昼間は急いでいたようだったから、と箱を手にしながら張遼が言う。
無骨な指先が器用に箱を開けていくのを、郭嘉は楽しそうに見守っている。
無意識にか、脚をぱたぱたとさせている姿が可愛らしく、箱を開ける手を止めてしまいそうになるのを張遼はぐっと堪えた。
と、開けた箱の中から中身を取り出す。中身は何やら赤いものがいくつか。
「これ、は……?」
その赤い何やらは、どうやら紐のようで。それが何本か、束ねられて箱に収まっている。
「髪」
それだけをぽつりと呟いた郭嘉が、無造作に分けて束ねた張遼の髪の一房に触れた。
どうやらこれは、髪を束ねるのに使え、という意味らしい。
そう言われてよくよく見てみれば、ただの紐だと思ったそれは、上質の糸を丁寧に組んだものであり、そう簡単に入手できるとは思えないほど手の込んだ物だった。
つまり郭嘉はこれを衝動的に買ってきたわけではなく、以前から張遼に贈るつもりでわざわざ取り寄せた――或いは作らせたということなのだろう。
郭嘉が張遼の手から一本紐を取り上げて、先程触れた一房を新しい紐で結び直す。
不器用な郭嘉のこと、上手く束ねられるはずもなかったが、一応形にはなったその髪を見て、納得したように頷いた。
「似合う」
そう言って笑う郭嘉を捕まえて、膝の上に抱き上げる。
甘えるように凭れかかってくる郭嘉に何度か口付けてから、張遼はその耳元に唇を寄せた。
「お前からの贈り物なら何でも嬉しいが……今日はどういう風の吹き回しだ?」
囁かれる声に擽ったそうに身を竦めた郭嘉は、一瞬遠くを見るような表情になった後口を開いた。
「今日、だから」
「何がだ?」
「貴方が、ここへ来た日」
それだけ言うと、郭嘉は張遼の腕をきつく掴んで口を閉ざした。
微かに震える指先に、張遼は郭嘉が何を思っているのかを知った。
自分がここに来たということは、つまり呂布や高順、陳宮が失われた過去と繋がるということで。
張遼がそれを思い出し、捕らわれることに、郭嘉は怯えているのだ。
「飛将軍……」
聞こえてきた張遼の声に、郭嘉は俯いたままびくりと身を震わせた。
「確かにあの方は、今でも俺にとって特別な存在だ。何故なら――」
一旦言葉を切って、腕の中の細い身体を強く抱きしめる。
「今俺がこうしているのは、あの方がいたからこそ、だからな」
過去というものは、現在を構成する一要素に過ぎないのだから。
今の自分にとっての大事なものは、この国と今腕の中にあるこの存在だけなのだから。
「あの方がいたから、お前に会えた」
無論それだけではないということは、郭嘉にもわかってはいるのだろうけれど。
それでも郭嘉は小さく頷いて、張遼の首に腕を廻してくれた。
強請られるままに口付けを繰り返し、あやすように髪を撫でてやると、ようやく落ち着いたのか、郭嘉が唐突に口を開いた。
「あ、そうだ。それ、お揃いだから」
「は?」
髪の結い紐に一体何がお揃いだというのか。意味が掴めずに、張遼が間の抜けた声で答える。
誰と、何が。それをすっ飛ばしている郭嘉の言葉に、浮かんでくるのは疑問符ばかり。
郭嘉の剣の飾り布……にしては色ぐらいしか共通点がないし。
うんうんと頭を捻っている張遼に、郭嘉はにこりと笑って。
「銀と」
張遼の愛馬の名前を出したのだった。
沙凪さまより 下賜日: 2008/10/21
可愛らしい郭嘉と、もはや保護者な(笑)張遼の、ラブラブ遼郭がたまりません…!
脚ぱたぱたさせたり、うまく束ねられなかったり、キスをねだったり…キュートすぎて悶えました。
沙凪さん、ありがとうございました!!