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狼男と吸血鬼

膚を破る音と共に首筋が淡く熱を持った。ちゅ、と溢れ出た珠を吸い取るやわらかな生き物のようなそれに、首筋以外の箇所さえ熱を孕んでゆく。今噴き出ている血よりも赤いであろう這う舌を想像しては、どうしようもなくなり、息を吐いた。

「……もう、よい」

舌が離れ、躯が急速に冷えていった。糸を引いて未だ繋がっているのは、そのままであって欲しい己の願望なのだろうか。

燭台の灯だけが全てのこの祠の中では、黒衣を纏うその姿は闇に溶け、存在を曖昧なものにしていた。確かめたくて細い肩を抱き留める。蒼白い貌に朱を差して、焦点を結ばぬ紅の瞳は陶酔に潤んでいる。薄く開いたままの唇から、血濡れの牙が覗いた。

「……いつも、すまんな」

「いい」

口の端が赤く汚れている。半ば無意識に先程まで己の躯を巡っていたそれをざらりと舐め取った。鉄の味の不味さに顔を顰めると、目の前の顔が愉しそうに微笑った。

「このようなものを好むとは、吸血種の嗜好は判らん」

「自分の、血だからそう…感じるのだ。ふ……希少な人狼の血は至極美味なのに、当人がそれを知りえぬとは……勿体ない」

紅の双眸が徐々に正気を取り戻してゆくが、白皙の頬は淡く上気させたままだった。乱れた呼気と濡れた唇。自分の血は吸血種に快楽を与えるらしく、「食事」の後はいつも理性との葛藤になるのだが、当人はそれを知ってか知らずか自身の身体の変化を隠そうともしない。抑えきれない感情が尾をゆらゆらと振らせるのを、気付かれないよう願った。

「張遼」

静かにその声で名を呼ばれるのが好きだった。全神経を以って受け入れるように、両の耳をぴんと天に張る。その栗毛に覆われた耳を、長い爪が当たらないよう指の腹でするりと撫でられた。依然、その眼は恍惚に潤んでいる。

「私はまだ、あなたの望みを訊いておらぬ」

これでは契約が成立せぬだろう?無表情の中に少しばかりの困惑を滲ませて、耳を髪を頬を指先で巡ってゆく。これを意図せず行っているのだから、鬼というより小悪魔だろうと思う。無防備なその躯を、今すぐにでも貪ってしまいたい。本来、獣である己に理性と呼べるものは一欠片しか持ち合わせておらぬのに、よくもまあ今の今まで耐えてきたものだ。

言っていいのか?今ここで、俺の望みを。それは、あなたを困らせる事になるのに。

吸血鬼は若く美しい女の血を好む――――などというのは遠い昔の話で、今はほとんど人間の血を摂取せぬらしい。曰く、「雑食かつ悪食な奴等の血ほど不味いものはない」のだそうだ。葡萄酒ばかりでは流石に絶えてしまうので、細々と獣を狩っては取り込んでいたらしい。しかし、本当は人間のものが最も相性良く、栄養価も高いのだ。よって、生後間もない赤子を襲う吸血種が後を絶たない。

「乳子を喰らえばそれも同種になる。稚児の吸血種など邪魔なだけだ。だから私は飲まん」

などと言ってはいるが、己の欲望がままに動くこの種族には珍しいほど理性的なので、恐らく良心と呼べるものがそれを許さないのだろうと俺は推測している。

「あなたの血は悦い。何度吸っても飽きぬし、あなたはあなたのままで居る」

人狼である自分は、血を吸えば同種になるという法則を無視したままでいる。半分が獣だからなのだと思うが、血の味自体は人間のそれに近いらしい。とりあえず、長年探していた理想に適う食物が俺で良かったと心から思う。本来、人狼と吸血種は相反する存在で、実際何度も戦いがあったらしいが、そのような事はどうでもいい。

ただ、この心許ない存在だけが、俺のすべてだ。

「張遼?」

小首を傾げ、上目遣いの紅蓮をじっと自分に向けている。……それは反則だろう。

「郭嘉」

丁寧に丁寧に、口にする。それは最初から特別な名だった。頼りない灯火が白皙に濃い影を落としている。その闇を払う為、頬に手をやった。屠る為のこの爪が珠の肌に当たらぬよう、慎重に。

「俺の望みが、判らんか」

「皆目見当もつかぬ」

不思議そうに見つめる貌はまるで子供で、何百年と生きているのかと疑いたくなる程に澄んでいた。きれいだ、と思う。そうしてゆっくりと塞いだ唇は首筋に感じていた熱はなく、温める為に滾る舌でなぞった。食事の時と似た水音が祠に響く。鮮血よりも尚赤い舌に己のそれを絡め吸い上げると、くぐもった声が上がった。意外な事に抵抗はなく、ただ震えながら己の腕にしがみついている。本当に子供のようだと、貪りながら喉の奥で笑う。

唇を解放すると、今まで呼吸をしていなかったのか肺に酸素を必死で送り込んでいた。顔を赤く染め上げて眦に水を溜めたまま、困惑したように俺を見ている。

「は……わ、たしは、女では、ないぞ……」

「知っている」

「こ、ういう事は……はっ、女に、するものだ」

「違うな。好いた者にするものだ」

「……なに、を」

一点の曇もなき鮮やかな紅玉が揺れる。燭台の蝋が燃えながらとろとろと溶けていた。もうすぐ焔も消え入るだろう。だが、最早それらに何も感じる事はなかった。恐れなくともよい、彼は闇の住人だ。

「あなたを愛し続ける事を、許してもらえるか」

二度目の口吻けに、震えはなかった。


作成日: 2008/10/28

やだもう何これ!(笑)

遼郭である必要性が最早どこにも感じられないハロウィンパラレルでした。でも遼郭でないとこんなの書けません、私。受に対し可愛らしい天然描写が素で出来るのは、Rたんだけ!(ジャンプの柱広告風)狼男×吸血鬼が大好物なんです。吸血鬼×神父も相当なMOEですがね!

私の中で、字呼びはカポーになってから!という謎の法則があるので、呼び名は姓名で。パラレルだから、姓名で呼んでも別に失礼には当たらないかと思い……。

しかし、中華キャラで欧米パラレルって……シュールですねw シュールすぎたので、若干今風にしつつも従来通り横文字を使わないようにしました。「ウェアウルフ」とか呼ばせたかったのですが。

他にも色々とキャラを出したかったのですが、こんな恥ずかしいパラレルで話引っ張ってもしょうがないので、散々端折った上でタイムアーップ!