無色透明のそれは、紙を漉いたような真白き頬の上を緩やかに滑り、重力に逆らう事なくぱたりと地に落ちた。乾ききった大地が微かな水分を貪欲に飲み込んでゆく。夥しく広がる血と肉片の只中において、それだけがまるで切り取られた嘘のようだった。
「なぜ、泣く」
腕を持ち上げ手を伸ばすが、水の筋のできてしまったその顔には届かぬまま空回った。いつもそうだ、我等はいつまで経っても触れ合う事すらままならない。
過去は振り返らぬと吐き捨てながら、誰よりも過去に捕らわれているは己だと、本当はとうに分かっていた。素知らぬ振りは、自分よりむしろ目の前の親友の為だった。
高潔な理想と精神。美しき友は俺に何もかもを与え、俺のすべてを奪ってゆく。それ故に、今ここで抱き締めたくとも拳を作って封じ込めるしかなかった。俺に自由は存在せず、勝手は許されぬ。友の望む王の姿かたちを、演じ続けなければならないのだ。
「君が」
立ち尽くしたままぽろぽろと涙を流すのみだった痩身の親友が、ようやく発した声は儚く震えていた。果たしてこの軍師はこんなにも弱々しい生き物であっただろうか。頭二つ分低い位置にある銀色の頭を撫でようとし、やはり止めた。
「君が、泣かないから」
僕が代わりに泣いているんだよ。
そう言って真直ぐに貌を上げた黎明の瞳には何も映っておらず、ただ深い闇が奥に潜んでいた。我を見よ、と言う事はできない。それは彼の望む俺ではない。
随分と長く共に居るというのに、絶望的な距離は埋まる事なく横たわる。この聡明な親友は同じように考えているのだろうか。だから、おまえは泣くのか。伝えたい事も訊きたい事も山ほどあるというのに、この唇は微動だにしない。
涙に濡れた長い睫毛が震え、光の戻った瞳にようやく俺が映り込んだ。
「君は強いね」
本当に強い、と、確かめるように呟く友から背を向けた。斜め後ろからついてくる足音を聞きながら、いつかこの音が消えてしまうのではないかと背筋を寒くした。
おまえに失望される事が何より恐ろしいのだと、言えばおまえはどうするのだろう。
作成日:2009/09/04
秀半はどうしても両者片想いになります…